ADHD高専生、院生になる

(旧ブログ:はいぱーあくてぃぶらいふ) 7年間高専に通った物好きが大学院生になりました。

「なぜ学生は、やるべきことができていないとき音信不通になるのか」に対する限界大学院生の見解: コミュニケーションの双方向性と、SNS上における教員発言の影響について等

お久しぶりです。限界大学院生です。色々あって、オーバードクター生活を送っております。 色々近況報告をしたいのは山々なのですが、本日は少し別な話に文量を割きたいと思います。本来であればなるべく避けたい、一個人の発言に対する(おそらく批判的な)見解の記事なのですが、研究室に所属する学生として、そして「音信不通の前科」持ちとして、どうしても言及したく思います(2022年10月28日追記: 一部加筆修正しました。記事根幹はそのままですが、肩書の記憶違いなどの修正が入っています。あとリンクを足しました。入院のところですね。)。

免責事項

  • 野球オジサンの特性上、野球の例えが混じります、ご了承ください。あ、時々サッカーにしてるところもあります。

発端

数日前、TL上に、RT経由でとあるツイートが上がってきました。おそらく大学等の高等教育機関にて教員をされている方と思われます *1

これから、こちらのツイートについて、僕の見解を述べていこうと思います。突然野球とサッカーが登場するのは、上記免責事項の通りです…。ご容赦頂ければ幸いです。 なお、既に最低限の見解は引用RTなどで申し上げているのですが(直接言及したのは下記)*2、もう少し一つ一つ掘り下げてじっくりと、僕の思うところを書きたかったので、今こうしてキーボードを打っています。

来ると分かっていてもバットにかすらない、剛速球のごとき正論と、それゆえの悲鳴

 まず初めに申し上げますと、上記ツイート内容「そのもの」については、異論はありません。ぐうの音も出ないほどの正論であり、だからこそ、引用RT欄を中心に「耳が痛い」と感じた方々の反応が多くみられます。音信不通になってしまった経験のある方々は、結構いらっしゃるのだと思います。僕も一人暮らしを始めてから生活がとんでもないことになり、不調期にはほぼ動けず不登校に近い状態になり、回復するとまた現れるといったのを繰り返してきた身でして、大変耳が痛い部分でありました。

 個人的見解として、この話がとりわけ大事になってくるのは、卒業あるいは修了後、仕事に就いた場合ではないかと思います。出来ない見込みが高くなった時において、それを申告できぬままタスクを遂行できなかった場合、あるいは期日に間に合わなかった際、失う社会的信用が大きいことは承知しているつもりです。保険の告知事項ではありませんが、正直に言うこと、むしろそれが重要である。それはまさしくその通りで、僕の考え(特に社会人において)とほぼ乖離はありません。学生の間にそのトレーニングができるに越したことは無いでしょう。僕をはじめ、あのツイートが刺さる方々の多くは、似たような認識を抱いているのかなと想像しております *3

 ではなぜ僕が本件で申し上げたいことがあるか、それは記載内容ではなく、問いかけの仕方にあります。

人間の防衛機制としての逃避に対し、双方の立場からどう向き合うか

 その前に一旦、この非合理的と自覚しつつも起こしてしまう「音信不通」状態がなぜ起こるか、自己防衛本能という側面から考えようかと思います。趣旨としては「だから仕方ないよね」ではなく、「人に備わっている防御機構であるならば、方法論を考えていかないと解決しないのでは?」というものです。

 僕は高専時代の保健体育で、心理的ストレスを受けた際に人間がとる防衛反応について習ったのですがだいぶ忘れていたのでちょっと調べなおしました。学術的には「防衛機制」と言うようです。分類の仕方や出てくる機制の種類は見る資料によってまちまちなのですが、基本的には、「(健康上)ベターな反応」とそうでないものに分類できるようでした。そういえば欲求をスポーツや勉学で発散する「昇華(これはベターなものの例)」とかやった記憶があるな。

 さて、今回のような「音信不通」ですが、おそらく「逃避」が一番近いと思います。これは精神衛生上好ましくない防衛機制とされておりますが、確かに時が経つにつれ気まずさ、申し訳なさが増していき余計に言いづらくなるというスパイラルが起こりがちですからね…。あとは逃避に限らず好ましくない機制はそもそもの精神状態が悪いときに発生しがちという面もあるようです。卒研などで進捗が出ないなど、やはりプレッシャーになる部分もあり、そういった要素も絡んでくる可能性はありうるのかなと。

 いずれにせよ、逃避として出るか、別のものとして出るかの差はあれど、心の安全装置です。ベターな形で出てくるに越したことはありませんが、「なぜそうなってしまうんだろう」という部分については、投げっぱなしではなく、教員も学生も双方で考えていかないといけない部分だと思います。安全装置を無理やり外すわけにはいかないので、方法論として、です。

  この「双方で考える」という要素、ここなんですよ。ここが感じられなかった。それが、本件で最も引っかかった要因です。

コミュニケーションの双方向性について

その1: 「悪送球か、捕球ミスか?」(「パスが悪いか、トラップ(受け止め)ミスか」)

 僕が凄く拘っており、同時に気を付けるようにしている概念があります。僕の知り合いなら、n回聞いたという人もいるかもしれませんが…それが以下です。

「コミュニケーションの問題である以上、よほど極端なケース(見知らぬ人からすれ違いざまに「なんだてめえ!」って言われるなど)でもない限り、割合は違えど双方に原因があると考えることが重要である」

 よく「会話のキャッチボール」などという表現が使われると思うのですが、実際こういったコミュニケーションについては、相手がいて、双方向性があるものです。だからこそキャッチボールは絶好の例えなんですよね*4

 野球のエラー判定などを見ていても、「送球した側」「捕球できなかった側」どちらにエラーの記録が付くのかという問題があります。記録上は、捕球できなかった側のエラーになっていても、映像で確認すると「あのバウンドでは、まあファーストなら捕ってほしいとはいえ確かに捕りにくいよね…」という事は結構あります。

 その時に送球側が「あれくらい捕れよ!ファーストなら!」となるようなチームでは良くない。基本的には、送球側も申し訳なさそうにしていることが多いですが。お互い様の精神で、エラーがあっても気持ちを切り替えて次のプレーに進まないといけないので。サッカーやバスケのパスプレーでも似たようなことが言えるかと思います。

 「なぜ学生は」という文言はあれど、自分について立ち止まって振り返るフレーズがなかった。双方向性のコミュニケーションのところです。振り返った結論が「珍プレー集に出てくるエラー」でどうしようもなかったとしても、一旦ビデオ検証ではないですけど、自分を振り返るといったものが見えていればな…。と、一学生が何を偉そうにと思うかもしれませんが、どうしてもそこは気になってしまった部分です。

その2: 「どこにいたら、絶好のパスが来るだろうか」

 さて、先ほどは送球、捕球という部分でコミュニケーションの双方向性について述べましたが、今回の事例は「音信不通」に対する教員サイドの苦言であり、そもそもボールがない状態です。ちょっとここは野球オジサンではありますがサッカーに切り替えていこうかと思います *5

 単刀直入に申し上げます。「もしかして、ボールのある場所から遠すぎてロングパス含め来ないパターンではありませんか?」あるいは、「ドリブル突破は得意だけどトラップ *6 やダイレクトシュート *7 などが苦手なため、パスプレーが主体の作戦だとあまりパスが回ってこないといったことはありませんか?」

 ここも結局はコミュニケーションの双方向性です。「なんで自分にパスが来ないんだ?」だけではなく、「一体どうやったらパスが来るようになるだろうか」といった視点があればなあ…と。細かいパスをつないでいくスタイルが望ましければ「小さなことでも相談しやすい環境になっているかどうか」といった面も考えていただきたい部分です。今回の教員の方がいらっしゃるラボがどういった感じかは存じ上げませんが、他のツイートなどを拝見するに、他責気味な印象は受けてしまいました。

 ここまでいくつかコミュニケーションの双方向性という話でああだこうだ述べましたが、1, 2を合わせると、僕としては、

  • 「なぜ学生は、やるべきことができていないとき音信不通になるのか」という問いだけで止まってほしくなかった

  • 学生側が考えねばならぬ面があるのは事実なのを前提として(これは次の項で考えていきます)、同時に

    • 「どうやったら学生が音信不通にならないようにできるか」
    • 「どうやったら早めに相談してもらえるか」

という、この一言。この一言が欲しかったわけです。文字数は、140を超えずに足せたはずです。音信不通状態になってしまい困っている学生があれを見て、早く相談しようとなるかどうか、僕はあまりならないと思います。「なぜお前たちは…」というような、そういった圧を感じかねないからです。切羽詰まった学生さんは特に。

 実をいうと、僕も元から双方向性という考え方を持っていたわけではありません。この考えに気づかせてもらったのは、地元で塾講をやっていた時、塾長との会話でハッとさせられたことがきっかけでした。教える側として、「なんでできないかね」となる前に「うまく伝えられているんだろうか」と立ち止まらないとならん。と気づかせていただいた、あの時が無かったら僕も今どういう思考回路だったかはわかりません。ただただありがとうございますの一言です。

 話を戻すと、こういった概念については、僕が講師時代に経験した出来事という事や今回のツイートの件などをふまえると、特に指導側が意識する概念なのかなと思っています。しがない大学院生が何を偉そうに、となるかもしれませんが、ディスコミュニケーションで叱責される、あるいは疑問を持たれるのは、シチュエーションも踏まえるとやはり教わる側や部下などが多いのかなとは思います。

その3: 「いつ投げればいい?」「レーザービームか、中継プレーか?」学生側として、SOSの出し方をどう考えるか

 ここからは双方向性のもう一方、学生側の話に入ります。ただし、僕自身もSOSの出し方がめちゃくちゃ下手です(2020年の入院 *8あたりから、ようやくちょっとは出来るようになってきたかな…あとはコロナをきっかけに研究室でslack導入したんで、メールよりslackのが個人的に連絡のハードルが下がったというのはあります)。なので、SOSの上手な出し方などは僕自身も考えていかないといけない部分ではあります。要は、参考にならない可能性が高い。

 そんな中でも、限界オーバードクターとして、例えば配属されたての学生さんなどに何か言えることがあるとしたら…。そうですね、以下の点でしょうか。  ※僕はかなり環境に恵まれて今こうして(オーバーしたけど)ドクターやっている身です。そうじゃなかったらこのSOS力では今どこで何をしていただろうか、ちょっと分からないです。これは本当に。なので、そこの環境バイアスを極力取っ払い、以下記します。その分、一般論に近いのもあるのでそれはそれであまり役に立たないかもしれないのですが…僕自身の話は、本来はここの記事に合体したかったんですけど、予想以上に長くなったのでまた別枠にします。これでも頑張って注釈に移して短くしようとした方なんですが、あれ…?

一言で言うなら、「相談先の分散」がポイントというところでしょうか。捕った球をどこに投げるか、状況次第で選択肢が変わってくるという感じですね。それをやったら長く書いたのが以下です。

  • 配属直後 *9 、研究室の雰囲気をなるべく早くつかめるといいかなと。オリエンテーションで研究室の方針とか色々説明がある場合はそれも大きな手掛かりになります。ちょっとしたことでも質問できる雰囲気かどうか、指導教員(助教もいる場合などあるので、そういう時はスタッフ全般)と先輩学生たちとの距離感、やりとりを観察したり、先輩に質問したり…。そんなこんなで以下の点がなんとなく思い描けたらベスト

    • 一番相談しやすそうな人は誰だろうか。 指導教員に相談がベストですが、最初のころ、もしハードルが高い(例えば、なんて聞いたらいいか分からず不安など)だったら先輩にまず聞いてみるっていうのはありだと思います。いきなりレーザービームでキャッチャーにノーバウンド送球が出来なくても大丈夫。中継プレーで得点を防ぐのもまた見ていて盛り上がります。ってこれ野球だ。ええっと、要はスモールステップでも徐々に慣れていきましょうってところです。あとは、慣れてきても案件によっては学生に聞いた方がいいことも(この道具どこいきました?とか)ありますし。もしいきなりレーザービーム放れと言われた時のことは後述します。
    • どのタイミングで相談できそうか。定期的にミーティングとかあるところがほとんどだと思いますが、基本は野球で言ったら捕ってからすぐ送球する感覚(緩いゴロをゆっくり処理してセーフになったら勿体ない)でやっていくのがベストです。例えば実験をするところだったら、データが出たらすぐとか、あるいは何か質問があったらすぐ…ですが、「投げようとしたらまだ人がいない(カバー担当が一生懸命塁に向かっている途中)っていうのは現実野球イベントです。まあ、そういう時はすぐ塁につくのでワンテンポ置いて送球ですね。様子を見ながら慣れていくところでしょうか。例えばボスが会議で忙しいときは助教や先輩にまず見てもらうっていうステップを踏む場合もあります。送球先はどこかなという見極めが効いてくるのがこのあたりです。そもそも誰も塁にいないし塁に来る気配がないってなったら…レーザービームの件と合わせて後述します。
    • 上記に関連して、「今日ミーティングだけど進捗ダメです…」案件が来た場合。これが多分、山場かなと思います。プロジェクトによっては仕込みの段階でかなり時間がかかるので、ミーティング等の時、目に見える結果などがなく「今これをやっています」しかないことは珍しくない話です。そこは、その分野の人ならちゃんと分かるので基本は大丈夫なはずです。結果ではなく、今この段階で、その次はこれをやりますというところがちゃんと言えるかなという要素が大事になってきます。と言われたところで、結果の無い物体を出すことに不安はつきもの、あるいは仕込みに時間が…とかではないものの、プロジェクトがなかなかうまいこと行かず、試行錯誤してもさっぱり…という段階。これらが音信不通のトリガーとして主たる部分かなと。ここで上記の送球先決定段階がやはり効いてきます。真っ先にボールを捕ってくれそうな人は誰かなと。このあたりで詰みそうだなってなった時の話など、以下で(一般論ではありますが)お話しします。
  • いきなりレーザービーム要求、送球先に誰もいない、進捗ダメですってどうしても言いにくい or 言ったら凄いことになったなど…という場合

    • 次の送球先候補は学生相談室です。「え?研究室の話?」って思うかもしれませんが、おそらく大抵の大学等では、研究室での悩みや、履修の悩みなど学修における困りごとの相談先、窓口としてまず学生相談室という流れになると思います。プロのカウンセラーさんはもちろん、連携のためにも、各専攻の先生が配属になっている場合もあります。これは音信不通状態にまで進んで「もうアカン」となった場合にもメンタルケア的な意味合いも込めて、相談をお勧めします。

教員と明記するアカウントでのツイートを、僕はどう受け止めるか

 はあ?まだあるの?と思うかもしれませんが。これで最後です。本件、ここまでは「コミュニケーションの双方向性」という視点から書きましたが、タイトルにあるもう一つの話をします。

 SNS、特にTwitterには様々な分野のアカデミックポストの方がいらっしゃいます。僕も分野が近い方など、何人かの先生をフォローさせていただいています。その先生方はこれからいう話には当てはまらない(当てはまっていたら、僕がビビッてフォローできないですw)のですが…。本件の方がそうであるように、所謂「学生の愚痴」のようなものをガンガンツイートする人が一定数いらっしゃるんですよね。何件か見かけてしまったことがあります(アカウントとかはもう忘れてしまいましたが)。

 これ、かなり学生を萎縮させると思います。もし自分のボスがツイッターで自分たちの愚痴をつぶやいていると分かったら学生さんたちは何を思うでしょうか。いや、所属先でない(どこの所属か特定しかねる)場合でも、教員という立場から放たれる学生への不満は結構なインパクトファクター攻撃力があると思っていただけると幸いです。少なくとも、本件のように「なぜ音信不通になるのか、もっと早く言えばいいのに」というのをツイッターで大っぴらに発信してしまう先生に相談するのめちゃくちゃビビりますよ。恐らく。僕、3年くらい前なら多分めっちゃビビってたと思います。

 「ちょっとその発言をしておきながら「早く相談すればいいのに」は無いでしょう」と思って苦言を呈してしまいましたが、ええっと、他の学生さんは真似しない方がいいと思います。

 僕がもしアカデミックポストに就くとしたら、ちょっとそういったところは気を付けたいです。学生の愚痴を言うつもりはありませんが、少なくとも今のアカウントの路線は別の意味でこう、あれかなと(政治ネタRTとか野球おじさんモードとかが強すぎるので、仕事のを作ると思います。それで過去が清算されるとは思っていませんが、かといって継続運用するにはあまりにも癖が強すぎるので…)。  

最後に

 本当は、「SOSを出しやすい環境でお世話になっているのにも関わらず音信不通を何回もやらかした僕の話」もしたかったのですが、予想以上に記事が長くなったので、この記事はここで一区切りにします。自分のSOS力を振り返る作業もちょっとやらないとなという部分はあります。ただ今日はもう、コンサータ切れたんで営業終了です泣 にしても相変わらず長文直らんなこれ。

*1:余談なのですが…。実はこのアカウントの方、何度かツイートを拝見した覚えがあります。当時のツイート内容などはさすがに忘れましたが、最後に拝見したときは理系分野のポスドクか博士課程の方だったような気がして、ああ時が経つのは…などと思っていましたが、その後別なツイートに「長年教員を」というフレーズがあったので、おそらく当時から教員の方だったと思われます。お詫びして訂正いたします。

*2:しかし最後のツイート、日本語が我ながら意味不明である…。あと引用RTもツリーっぽくできるようにならないかな、ツリーに手動で@つけるしかないか

*3:もちろん正確なところは定かではありませんので、あくまで仮定です

*4:やっぱり人生は野球だなと思う瞬間ですね。いや、個人的な人生観です。

*5:サッカーは見るよりやるのが好きですね。実は小学生の時1年間だけではありますが地域のスポーツ少年団でサッカーを習っていました。チームの監督とは、後に思わぬ場所で再会することになったのですが…。気になる方は個別にw

*6:ボールを足で止める技術

*7:パスを受け取った時、トラップせずそのままシュートへ移る

*8:

notadsl.hatenablog.com

*9:できれば配属先を決める段階がいいのですが、希望のラボに行けるとは限らない、あるいは入ってみないと分からないところがあるので

「コロナ禍」が僕にもたらした「入院生活(精神科開放病棟)」

ご無沙汰しております。早速本題に行きましょう。

タイトルにもあります通り、僕は現在、とある大学病院の精神科開放病棟に入院しております。だいたい1ヶ月ほど経ったところですかね。9月下旬から入院してますので。

ざっくりになりますが、経緯としては

いわゆる「コロナ禍」で4月以降フルリモート生活が続く ↓ 履修登録、zoomでのラボミーティング出席、研究活動(論文執筆含む)、生活維持全般といったものに関して「自力でこなさなければいけない事の割合」が大幅に増えた ↓ 生活維持能力の低さをごまかせなくなり、崩壊 ↓ 季節柄の不調も合わさりどうしようもなくなる ↓ 入院 

といった具合です。

それぞれについて詳しいことは、また後日書きたいと思います。入院記、仕上げたいですね。仕上げたら売れますかね(笑)

ちなみに入院の目的は ・抑うつが出てたのでまず休養 ・生活サイクルの立て直し ・投薬調整(不調により外来もなかなか行けない事が多くなって、滞ってた分) ・退院後に向けた体制確保(訪看など) あたりですね。投薬調整のペースや不調の時期と被っていることもあり、退院はまだまだ先になりそうですが、経過は概ね順調ですのでご安心下さい。

今回は取り急ぎのご報告として、このくらいで。…1ヶ月経って取り急ぎも何も無いんですけどね…(笑)

それでは、みなさんも心身大事にやっていきましょう。

博士課程限界大学院生と新しい生活様式

 めちゃくちゃ久しぶりの投稿です.久々に書こうと思った理由は気が向いたからです.ADHDです.他に大学院の発表を控えていますがなぜかブログを書いています.ADHDです.今日は生存報告を.

実は博士課程在学中

 大学院入学当初は,博士課程に進みたい気持ちを抱えつつも自分がどこまで研究活動をやれるか不安がありました.そのため修士課程で就職することも選択肢として頭に入れていましたが,研究室のボスと話し合った結果自分の特性に合ったテーマを調整していただいたこと*1・学生さんも含めたラボメンバーの温かい見守りなどあり,自分のパフォーマンスを発揮することができています*2.これ以外にも色々理由はありますが,このまま研究に打ち込もうということで「D進」を決めました.今博士2年です.修士課程ではいろんなことがありました.本当に色々ありました.今博士2年でいられているのが不思議なくらいですが,これについてはそのうち書きたいですね.修論辛かったー.図表番号と文献整理が一番しんどかった.そこ?と我ながら思うけどそれもまたADHDです(?).

 そんなこんなで今博士2年.今やっている研究も一段落して論文を書こうとなった矢先,まさかのcovid-19事案によって僕の生活は大変なことになっています.

STAY HOME STAY BAIU-ZENSEN

 もともと梅雨時に体調を大幅に崩す僕は,一人暮らし初年度の修士1年梅雨,相当な寝たきりで不登校に近い状態になりました 行ったり行かなかったり.ゼミで自分の発表があるときだけ火事場の馬鹿力でギリやり過ごしてましたが... そこで修士2年からとった対策が,「ギリ動けるときは無理やり登校し,休憩スペースで横になっていてもいいからとにかくラボに身を置く.最悪の場合泊まって翌朝の授業等に出る」ことです.比較的動けるときはちょっと作業した方がいいので,少しずつ作業をしながら体調を戻していく手法をとっていました.生協とか学食で食事も何とかなりますし,これは自分に合っていました.*3  しかしながら今年は新型コロナウイルス (covid-19) 問題があり,うちの大学でも登校制限がかけられております.授業もオンラインです.最近登校制限が緩和されたため,所定の時間を超えなければラボに行くことはできるのですが,僕はまだ登校しておりません.登校していないのは,PCとネットがあれば研究が可能な類の領域ということもありますが,例年以上に体調を崩していたのが一番でかいです.理由を考えてみたのですが,どう考えても僕の場合「リモートを主体とし,なるべく人と会わない生活様式がネックという結論になりました.というのも

  • 掃除 (片付け)
  • 洗濯
  • 買い出し
  • 食事
  • シャワーないし入浴
  • 受診
  • 履修登録等の手続
  • オンライン授業出席・課題
  • 研究活動
  • その他生活維持

をほとんど自力でやらなくてはいけないという事態に突然陥ったので....これまでも体調に応じて在宅での研究を行っていたのですが,"毎日"を自宅で過ごす上で生活や学業などを全てこなすというのは経験がなかったため,生活能力の欠如が一人暮らし初年度以来に露呈しました.誰かに手伝ってもらうにも移動のリスクもあり,オンラインだとインタラクティブなコミュニケーションがとりづらく,ちょっとした質問のハードルが上がるのは否めないなあと.普段どんだけ色々な人に助けてもらっていたんだという事を,いつも実感していたつもりではいましたが...なんというか,本当に文字通り身に沁みました.はっきり言って,上に書いたことを全部ひとりで遂行するのは僕には無理ですw 皆さんいつもありがとうございます...どこにも足向けて寝られません.

新しい限界生活様式

 それでも先日,比較的近くに住む友人が来て片付けを手伝ってくれました.ありがとうございます!コインランドリーに一緒に行ってもらったのマジで助かったっす...  それと,学業の方はあまりにも寝込みすぎてオンラインミーティングを欠席しまくり,すっかりラボから存在を消されていないか心配だったのですが....ボスから体調を心配する連絡を頂き「あ,今からでも元に戻れるのか,間に合うのか」と思いました.梅雨明けして少し気力が出たのもありましたが,また仕切りなおそうという気持ちになれたので本当に感謝です(じゃあブログ書いてないでスライド作れよ). ということで,落ちるところまで落ちたかなと久々に追い詰められましたがなんとか救ってもらって生きています.今後の課題ですが,そろそろ自立支援つかってヘルパーさんの申請したいですね.ヘルパーさん申請した方がいいとは自他ともにかねがね思っていたのですが,この生活様式でよく分かりました.こりゃきつい.

 さて,いい加減スライド作ります.取り掛かったらこっちのもんです.あ,その前に一言. SARS-CoV-2のバカヤロウ!メインプロテアーゼがハートみたいな形してても許さねえからな!

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SARS-CoV-2 メインプロテアーゼ * pdb: 6LU7 (https://www.rcsb.org/structure/6LU7)
上の画像は構造データベースから引っ張ってきて,分子描画ソフトウェアをつかって可愛く()色付けしたやつです.ちゃんとここで話した事は無かったと思いますが,僕の研究領域は、タンパク質の挙動やそれよりもっと小さな分子との相互作用を、シミュレーションをメインに用いて解析することです.可愛く色づけしているだけではない…はず.多分.

SARS-CoV-2プロテアーゼの解説はこちらに. www.natureasia.com

 せっかくなので,ADHDが大好きドーパミンやその受容体との相互作用とかの話もいずれはしてみたいですね.実行できる保証は無いですが…….  それでは、またn日後に.

*1:実験系のラボなのにスパコン使わせてもらってます.研究対象はラボで着目しているものですが.

*2:寝たきりで時が止まるなど例外あり

*3:登校するだけして横になっている僕を許してくれた先生方や学生さんには本当に感謝です.

気づいたら診断から5年ほど経ってた

ということで,気づいたら診断から5年くらい経ってました.色々あったので,時系列でざっくり振り返ってみますね.

 

年表(症状自覚~現在)

  • 2010年冬?(中3の終わり):何かのきっかけでADHDを知る.同時に「もしかして:自分」と自覚を若干持つ.肝心なきっかけが思い出せない....

  • 2010年春(高専本科1年):友人の紹介で学生相談室に駆け込む
  • 2011年夏(本科2年):そろそろ限界を感じ診察予約を取る
  • 2011年冬(本科2年)診断.問診と成育歴とWAIS-Rにて.コンサータ18 mg服薬開始(当時17歳.この時は18歳手前から服薬してればそれ以降も延長できる制度だった).
  • 2012年1月 or 2月:コンサータ27 mgへ
  • 2013年4月:(本科3年)コンサータ36 mgへ(現在も変わらず)
  • 2013年12月:祝!コンサータ成人適応承認!
  • 2015年4月:高専専攻科入学
  • 2015年夏:ストラテラ服薬開始(寝起きが悪すぎたため.現在は25 mg)
  • 2016年夏:大学院合格(そのうち記事にするかもしれない)*1
  • 2016年12月:現在に至る(専攻科2年在学中)

 

今になって思うこと(服薬の面)

少なくとも,診断受けて服薬を始めたことはプラスになっていると思います.それまではいつも何かのタスクに追われているような感じで,頭の中がいっぱいいっぱいで,だけど肝心なことには手が回らない...というしっちゃかめっちゃかな感覚でした.今は大分楽です.解読可能なレベルでノートを取れる事が多くなりましたし,行動するときも昔より頭に余裕が出ました.人混みのしんどさも減りました.

 

ただ,服薬前に思い描いていた状態とはかなり違います.相変わらず整理整頓はできませんし*2,服薬していても授業がちゃんと聞けない日もあります.先延ばし癖も相変わらずで,課題はよく遅れていました.問題をちゃんと解ききっていたのにレポートにする段階で頓挫して提出できない事案とかありましたし.服薬していなかったらもっとひどかったのかもしれないし,それとも"私の先延ばし癖"(病的惰性?)にコンサは効果がないのかもしれないです.確かにタスクの細分化はしやすくなったけど,「細分化しよう」という気になるまでがしんどいんですよね...*3.それと,本科4年辺りから寝起きが悪化して欠席と遅刻のオンパレードになりました.今も闘ってます.月曜つらい.

 

とまあこんな感じで,周りから見たら服薬前後で変わっていないのかもしれないです.むしろ酷くなってるんじゃ?と思う人もいる可能性が....自分でも,「なんだ,結局定型発達者のような力は到底出せないのね...」と落ち込むことがあります.

 

ただ,表面に現れる様子より自分自身の感覚を重視してみると,

「同じことをしようとしたら,服薬前より楽な事の方が多い」

と感じています.結局なんだかんだ言って,コンサータにはお世話になっています(近年はストラテラも).

 

診断についてあれこれ

初診まで2年近く寝かせた(自助努力で何とかなるんじゃないかと思っていた)割に,初診から診断まではわずか1か月でした.そのためか,診断直後は,「まさか本当にADHDだったとは...ほかのケースに比べたら症状重くないと思ってたけど」という気持ちがありました.今となっては「ああやっぱりADHDだわ」と開き直る事も多々.良くも悪くものんびり生きています.

…ぶっちゃけた話をすると,来世があるなら定型発達になりたいです.パフォーマンスに安定感が欲しいし,動画で見る自分の動きが言いようのない落ち着きのなさでちょっと凹む.静止画でも何となく落ち着きがない. 現世で定型になれるって言われたら...うーん...どうしましょう.そこは即決できないですね.22年間これなんで.

 

*1:これまでの実績を考えると記事にする確率は低い.でもしたいとは思っています.

*2:これはそもそも片づけにあんまり注力する気が今のところあまり無いからかもしれない.でも本当は余裕があったらスッキリさせたい.引っ越しもあるし....

*3:文章や図等で人に説明する類のやつ(要するにレポート)はとりわけきついです.「頭の中にはもう答えが出来ているのに,それを系統立てて作業が非常につらい.

そういえばWAIS-IIIの結果を公表していなかった

お久しぶりです。

WAIS-III受けてきました(今更?w) - ADHD高専生の日常 を更新して,とっくの昔に結果をもらっていたのにも関わらずすっかりご無沙汰しておりました。さすがADHDですね…って開き直るのはこの辺にしてそろそろ書こうと思います。待ってた人がもしいたら大変お待たせしました。ごめんなさい…汗

 

上の記事でも書いた(多分)通り,診断時に一度WAIS-Rを受けています。当時の結果は旧ブログに詳しく載せておりますのでこちらも参照してみてください。はいぱーあくてぃぶらいふ WAISの結果

今回は,その時の結果と比較しようと思います。もちろんRとIIIなんで単純比較はできませんが,ある程度の目安にはなるかと。

 

以下,数値等の情報については,前回→今回という表記順で書きます(Rにない項目は例外)。それと,群指数と下位検査は一番高い値を赤低い値を青で書きます。

 

検査条件

  • 検査 WAIS-R→WAIS-III
  • 年齢 17歳5か月→20歳10か月*1
  • 服薬 なし→あり(コンサータ36 mg)
  • その他 双方とも学校帰りに検査を受けました。体調は良好。
 

結果

IQ,群指数(群指数はRにないので比較なし)

  • 言語性IQ 126→132(前回比+6)
  • 動作性IQ 89→106(+17)
  • 全検査IQ 113→123(+10)
  • ディスクレパンシー(言語性と動作性の差)*2 37→26(-11)
  • 言語理解 129
  • 知覚統合 101
  • 作動記憶 145
  • 処理速度 118
  • ディスクレパンシー(群指数)44

下位検査の評価点

言語性検査
  • 単語 14→16(+2)
  • 類似 12→13(+1)
  • 知識 14→16(+2)
  • 理解 11→12(+1)
  • 算数 15→16(+1)
  • 数唱 18→17(-1)
  • 語音整列(IIIのみ)18
動作性検査
  • 絵画配列 6→9(+3)
  • 絵画完成 8→9(+1)
  • 積木模様 8→9(+1)
  • 行列推理(IIIのみ)13
  • 符号 12→15(+3)
  • 記号探し(IIIのみ)12
  • 組合せ 10→8(-2)

 

  • 下位検査評価点の差 12→10(-2)

検査中の振り返りと数値について(今回の場合)

  • 服薬してるおかげか最後まで割と集中できた。前回は途中で飽きて(特に絵画配列と絵画完成)諦めが早かった問題もあったが,今回はどうしてもわからないやつ以外はちゃんと答えを出した。
  • 途中で投げ出さなかった絵画配列が大して良くなかったので(前の6点よりはいいけど)やっぱり時系列でものを整理するのは苦手だと思う。自力でスケジュールが組めない。
  • 作動記憶系の下位検査は服薬で大きな差が出なかった。というか服薬前からやたら高かったからなあ…。これについては考えたことがあるので次回ちゃんと書きたい。ちなみに語音整列はやってる実感としては非常にしんどかった。
  • 算数は数字で見ると大して変わってないけど問題の聞き返しが前回より減ったと思う。
  • IIIの組合わせはラスト1問がかなり手こずった。8点の原因はそこだと思う。
  • 処理速度が上がったのか視覚的短期記憶が上がったのかわからないけど動作性の中では符号の上昇が目立った。服薬が作業能力を上げることに一役買っているっぽい。

まとめ

 RよりIIIのほうが数値が低めに出るという話を聞いたことがあるので,どうなるかと思ってましたが逆に高くなったものがほとんどでした。特に動作性検査については服薬の効果は大きいと思います。動作性そのものに直接効いてるというよりは,検査に集中できるから全体的にパフォーマンスが上がるって感じですかね。例えば,空間認知能力には影響しないけど,落ち着いて問題に取り組めるという感じです。ただ,それを言うと数唱と算数が服薬なしのときから高いのはなんでってなるので,そこはまた書こうと思います。

 そして,服薬して受けたことによって,作業に集中するだけじゃどうにもならない根本的な要素が見えてきました。数値とそのバラツキだけで判断できるわけではないですが,服薬以外の対策を立てる上では十分な指針になりそうです。まだ,その辺は模索中なんですがね…。まあ,結論から言うと,受けてよかったです。次受けるとしたらIVの日本語版が出た時ですかね。

 

 

 

*1:こんなに時が経ったんですね…年取ったなあ

*2:あまり差が見られない発達障害者もいますのでこれはあくまで参考程度に書いています。群指数も同様

WAIS-III受けてきました(今更?w)

気づけば前回の記事更新から4か月くらい経ってました。

あれから無事に(?)高専を卒業して,今は専攻科の1年生です。6年目の高専生活ですw 本科時代とあんまし環境が変わらない暮らしですが,午前中がまるっと座学で埋まるのが久々だったり,健康診断で男に間違われたり,しまいには期外収縮あるからホルター心電図やってこいと言われたり…と,それなりに色んなことがありましたw

 

近況報告はとりあえずこのくらいですかね。

 

それで,今日の本題はタイトル通りWAIS-IIIについて。

 

4月某日,WAIS-IIIを受けに病院に行ってまいりました。

WAISそのものは,高専本科2年の冬,ADHD診断が下りる頃に1度受けてます。ただ,その時はWAIS-Rでした。世間的にはとっくにIIIが出回ってた年だったんですが,かかりつけの病院はなぜかRしかなかったみたいで。

 

その時は診断の補助的側面で受けましたが,今回のIIIは自分の希望でやらせてもらいました。(Rを受けてから)3年以上経って,コンサータも服用しててどんな感じの数値になるのか気になったのと,群指数をちゃんと出しときたかった,というのが主な理由ですね。Rには無い下位検査受けてみたかったってのもありますが…w

 

Rを受けた時は完全に途中で飽きてまして(モロバレだったようで所見にばっちり書かれた),ホントに苦手なのか途中で飽きたからなのか分からない謎の評価点(例:絵画配列6点)がありましたが,今回は疲れはしたものの,あまり飽きずにやれました。多分。

IIIは検査の順番が飽きにくいように工夫されてますし,コンサータも飲んでたので,そのあたりのおかげですかね。絵画配列を全部解ききれた(当たってるかは別ですが)のでびっくり。算数も問題の聞き返しの頻度が減った気がします。一方,組み合わせの最後と語音整列は手こずりましたね…。数唱はいいんですけど語音はあまり自信ないですw

 

5月の某日に定期の診察日ですので,多分そこで結果が分かると思います。Rとの比較も含めて楽しみなところです。

 

ADHDが高専に入って5年が過ぎようとしているお話

Kosendvent Calendar 2014 - Adventar、22日目の記事です。

ちょっとだけ自己紹介

・東北の某高専で化学とか生物やってる5年生です

・(卒業できれば)専攻科に進学します

高専2年の冬にADHDの診断でました。今は投薬しつつ凌いでます

今回は、在学中に診断を受けた身として色々体験を書いていきます。テーマは堅いですけど気楽に読んでもらえれば嬉しいです

 

前置き~そもそもADHDとは何か~

ADHDが何か…ってことですが長くなっちゃうのであまり説明しません。簡単に言いますと、(日常生活に支障が出るレベルで)不注意、多動、衝動性がある人です。多動ない人も中にはいますけど。カテゴリ的には発達障害に入る、先天的な脳機能のアンバランスからくるものです。 詳しくはGoogleなどで。

 

診断までの経緯(学生相談室経由)

1年生の6月くらいから、学生相談室に通ってました。友人に「もしかしたらADHDかもしれない」という話をしたら、彼女がたまたま相談室に来ている心理士さんと知り合いで、紹介してもらったのがきっかけでした。それから定期的にカウンセリングを受けるように。

 しばらくはカウンセリングだけで乗り切ろうと思っていたのですが、2年生の夏くらいに限界を感じ、専門医を紹介してもらいました。心理士さんに紹介状を書いてもらったのもあり、初診~診断まではスムーズでしたね。診断受けたい高専生は一度学生相談室を訪れてみることをお勧めします。というのも、自力で医者を探すの結構大変なので。 

 

診断後どうなったか

コンサータっていう薬飲み始めました。これのおかげでだいぶ生活が楽になりました。授業も聞けるようになったし、作業にもそれなりに集中できるようになって脳内に余裕が生まれました。

学校には正式に診断書とかは出してません。授業によっては、先生に相談してサポートをお願いしていました。具体的には

・席を一番前にしてもらった(後ろだと視界に余計な刺激が入ってくる)

・耳栓許可

・レポートの一部PC使用許可

などです。この頃は高専も結構発達障害の対応を進めているみたいです。佐世保高専とか結構熱心でよく取り上げられています。

これまでの高専生活で苦労したこと

たぶんどんな学校に行っててもADHD特性を持っているからには結構な苦労をしたと思います。なので、高専ならではの苦労話ってよりは単にきつかったことについて。

手書きのレポートで死にそうになった(3年まで)&先延ばし癖

3年生まで学生実験のレポートは手書きでした。字を書くってのは結構注意力とかエネルギーを使うので、かなりきつかったですね。先延ばし癖もたたって、3年の時には3連休で6本のレポート書く羽目になりました(そのうち4本は清書のみでしたが)4年からはPCで書けるようになったのでだいぶ楽でした(それでも提出は結構遅れたという…)どうやら5年間ずっと手書きの学科もあるようで、ここに入っていたらどうなっていたことやら。

実験は楽しいんだけどADHDには難所がいっぱい

高専といえば実験や実習ですね。実験はそれなりに好きなんですけど、学生実験は40数人が一気に実験するのでなかなか大変でした。というのも、40人も一斉に実験してれば学生の声で賑やかになりますし、それぞれのテーマに分かれて実験するので先生たちの説明があっちこっちから聞こえてきます。ADHDは不要な刺激を適切にカットする「選択的注意」って機能に難があるらしく…まあこれは薬飲み始めたらだいぶマシになりました。

書類整理ができない&無くしもの

1年生のある日、担任から呼び出されました。何事かと思ったら、プリントの片付けを教えるのが目的だったらしく。「お前、このままだとやばいぞ」と言われましたw それくらい片付けができなかったですね。成績表の担任所見欄に「整理整頓を心掛けてください」みたいなことも書いてありましたw「片づけられない女たち」って本が一時期話題になりましたが、それくらいADHDは片付け下手が多いですね。たまに得意な人もいますが…。

 

高専だから良かったのかもしれないこと

友人のサポートなど

なんというか、高専って良くも悪くも一風変わった人が多いですね。それもあってか、色んなタイプの人間に寛容な空気があると思いますね。割と友人には障害を打ち明けているのですが、ほとんどは変わらず接してくれています(もちろんその人なりに葛藤があったのかもしれませんが)。特性を踏まえていろいろサポートしてくれる友人もいてありがたい限りです。障害だからしょうがないかみたいな気の遣われ方もないですし、むしろ厳しい突っ込みがよく来ますねw

先生に相談しやすい

先ほども少し述べましたが、この頃は高等教育機関において発達障害についてのサポート体制も整いつつあり、高専にも発達に詳しい教官がちらほらいます。学生と先生の距離が近いという高専ならではのメリットもあり、結構相談しやすかったです。

好きな分野を中心に力を入れられる

おそらく自分が中学の成績だけを見て進学校に行ってたら大学受験どころじゃなかったと思います。あれこれまんべんなくというのが非常に苦手なので、ある程度分野を絞って頑張れる高専は自分には合ってたかなと思います。教養とか英語力が代償になっている気はしますが、手を出さなくてはいけない範囲が広すぎると自滅するタイプなので、たぶん普通高校だとしんどかったかもしれないです。

 

長くなってしまいました。色々あったけど高専で良かったんじゃないかと今のところは思っています。最後に言いますが、もしかしたら自分も…と思っている学生さんはぜひ早めに学生相談室や詳しそうな教官に相談することをおすすめします。

ただでさえ留年率が高い高専、発達傾向があると進級するために通常より色々な山場があることが多いので…